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どうして古文を読まないといけないのか

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なんぜ古文を読まんといけんのんですか?

 

→ ①入試で出題されるから(受験戦略的回答)

→ ②古典としての古文と漢文,我が国の伝統と文化に対する理解を深め,生涯にわたって古典に親しむ態度を育てるため(伝統文化の継承という意味での回答)

→ ③古典についての理解や関心を深めることによって,ものの見方,感じ方,考え方を広くし,人生を豊かにする態度を育てるため(人間性・人格の教育という意味での回答)

古典の授業でみなさんが接する文章は、まず間違いなく古典「文学」と言われるものです。ではその文学とは何なのでしょうか?文学と聞いてみなさんはどういったことをイメージされますか?何か堅苦しくて小難しい印象を受ける人もいるのではないでしょうか。あるいは単なる小説と思う人もいるでしょう。科学と比較して文学なぞ糞の役にも立たないと思われる方もいらっしゃるでしょう。現に文学部を「ただの道楽」と言い放つ方もおられますですね。

 

さて、どうして古文を読まなければならないかということですが、受験するのであれば、結局のところは①の回答でご納得していただかなければどうしようもありませんよね。ですがそれだけでは身も蓋もありませんから、もう少し古文を学ぶ意義を考えてみましょう。②についてですが、これは古文が好きな人にとってはうれしいことですが、そうでない人にとっては迷惑千万極まりないこと甚だしいですね。②は古文のことをあまり好きでない人を十分説得できるような理由ではありません。単なる押しつけ、強制に過ぎません。(価値ある文化とそうでない文化はどのように区別されるのでしょう?)

 

③はどうでしょう?古文を読むことによって、人生を豊かにする。たぶん大概の人は人生を豊かで幸福なものにしたいと考えているはずですから、古文を読むこともなかなか悪いことではないのではないかとも思います。しかしどうでしょう、実際にそのような体験をしたという人は少ないのではないでしょうか。これはどうしても古典は文法から入らざるを得なくて、その時点で興味を失ってしまったり、あるいはそういう余裕のある状況で古文に接することができないという状況ゆえではないかとも思います。ですが

 

決定的な事情は、読むことになる古典文学作品が何者かによって予め決められてしまっていて、自分の読みたいものが読めないということでしょう。

 

(読みたいものなんてないと思われるかもしれませんが、いろいろの紹介を受ければ気になるものはひとつくらいあります。ほんとうにひとつもなければ、あなたは古典をやる必要はないのです。他の好きなことに時間を割くべきです。)

 

大学入試も就職も、主体性が重要です。アクションを起こすことが大切です。古文が嫌いと文句を垂れるだけでは現実は何も変わりません。前向きに古文を好きになれる努力をすることです。我々は後に生まれてきただけに、徹底的に弱者です。今我々が古文を学ぶ必要はないと叫んだとしても誰も見向きもしないでしょう。それは我々が生まれる前に決まったことです。おそらくどうにもできないでしょう。もし仮に、あらゆる手だてを尽くしても、古文を好きになれない、やりたくないと切実に感じるのであれば、入試で古文を要求する学部・学科は向いていないと考えるほうがよさそうです(切り替えて他のことにエネルギーを注ぎましょう)。ややネガティブな調子になりましたが、

 

なんであれ正面から真剣にものごとに向き合う人は必ず成功します。

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